もっと西と南を知りたくて

23年酷暑の夏を車でトロトロ

Day19(25-8-23)豊橋ー山中湖

(追記)まあまた、どうでもいい事ですが、昨日のトヨタ博物館で「へ~~~~」と思った事。日本で最初に車を製造したのは(いつだったのかはグーグル先生に聞いて!)、快進社という会社でその車に「脱兎号(だっと)」と名付けました。そして、その後日産が自社の車を米国に売り込む際につけた名前が「DATSUN」。DATはこの脱兎から来たという。なるほど。。。

 

今朝は5時ごろまでかなり雨が降っていたが、6時には日が照って来た。7時15分発。まあ東に向かいます。浜松に浜名湖ガーデンパークというのがあり、そこに展望台があるという。高いところは好きです。

8時過ぎに公園に着く。かなり広くて清々しい公園だ。まだほとんど人はいない。

家族と一緒に写真撮りたいならココ。今日の日付があったので。。。

浜名湖を一望しようと展望台に行くと、営業は9時から。

30分待って登るといい眺め。東西南北そろい踏み。

どちらが東西南北か忘れました。当然展望台では私一人。そこはエアコンが効いていて、しばらくストレッチ体操。

さらに東へ。もう「岬めぐり」は卒業したつもりだったが、最後の「岬めぐり」へ。御前崎

 

学生時代、この辺りの海岸線を自転車で西に向かっている時、振り返ってみた富士山の大きさに感動したのをマザマザと覚えていて、それを再度経験したかった。まず灯台へ。海が青い。

そして降り帰ってみても富士山が見えない! ここじゃない! 車でさらに東に進んだが富士山は上の方だけちょこんと見えるだけ。かつ小さい! この40年で富士山は縮んでしまったのか? 雲も出て来て写真を撮れなかった。

さらに東へ。久能山東照宮の博物館に行きたかった。東照宮は山の上にあり、登るのは大変なので海から近い博物館に行って先を急ぐつもりだった。しかし、博物館も山の上にあると知ったのは山道の階段を登り始めてから。この山道もきつかった。炎天下の中、15分ほど黙々と登る。時刻は午後2時近く。甲子園の決勝を午後2時から戦っている気分だった。到着!

博物館は葵の御紋だけは立派だったが、中はちょっとね~~という感じだった。刀剣と鎧兜くらいだから、中を撮影禁止にする必要はないでしょう!ここを登ってきました。

さて、今日は最後の夜。明日は自宅に帰還。この久能山から帰ろうと思えば、2時間くらいで帰れるけど、まあゆっくり行きましょう。まるで、残り200ヤードをパターで刻んでいくようなもの。帰りたくないわけじゃなくて、「江戸の仇を長崎で討つ」を実践しなければと思った次第。「枕崎の仇」をどこかで討たないと!あの日は(Day11)暑くて暑くてたまらず枕崎から鹿児島の快活クラブに移動してしまった。不甲斐ない。これをどこかで晴らさないと、次の試合に影響してしまう。、。

そうだ、暑くてたまらないのだったら、「暑くない所」に行けばいい! ということで、今朝いろいろ検討を加えた結果、標高1000mの山中湖だったら暑くないだろうから良いだろう!という、深い洞察の上に山中湖のオートキャンプ場へ。

最後の夜だから、テントも張って、コンロも使って煮炊き(と言いながら、買ってきたのはコンビニの総菜)をしようと意気込みました。

昨年の秋からソロキャンプを始めて、半年でキャンプ極意を理解しました。曰く「キャンプは焚き火と酒である!」という事です。ハッキリ言います。他にやることはありません。色々道具は買いましたが、キャンプ場で野菜や肉を切って料理するなど言語道断! スーパーで総菜を買ってきて酒飲めばOKじゃないか! 総菜が自作の料理よりうまいに決まっているし、酒飲んだ後、誰が後片付けをやるんだ問題があります。しかし、今回は移動中のキャンプなので「焚き火ナシ」、かつ後編の9泊は禁酒しようと決めましたので(このあたりの意思は固い!)今日もノンアルコールビールです。そうなると、これはキャンプではありません。ただの「キャンプ場を借りての食事と睡眠」という位置づけになり、楽しめるのか、明朝わかります。木々の間に夕暮れの富士山が!

走行距離:269km

走行ルート:

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